OVERVIEW
モロッコ北部リーフ山脈の麓に広がるシャウエンは、1471年に築かれた歴史ある街です。この記事では、シャウエンの成り立ちから青い街並みの由来、そしてモロッコ美容文化との接点までを辿ります。
目次
- シャウエンの始まり|1471年、山あいの要塞都市
- なぜ青いのか|街を染めた3つの説
- 鎖国の時代|400年以上閉ざされた街
- 現在のシャウエン|旅人を魅了する青の迷宮
- シャウエンとモロッコ美容文化
- よくある質問
- まとめ
モロッコと聞いて、青一色に染まった街の写真を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。あの街の名はシャウエン。正式にはシェフシャウエンと呼ばれます。標高約600メートルの山あいに佇む小さな街が、なぜ世界中の旅人を惹きつけるのか。その歴史を紐解くと、美しさの奥にある重層的な物語が見えてきます。
シャウエンの始まり|1471年、山あいの要塞都市
シャウエンは1471年、ムーレイ・アリー・ベン・ラシードによって築かれた軍事拠点です。ポルトガルの北アフリカ進出に対抗するための要塞として建設されました。
街の名前は、ベルベル語で「二つの角」を意味する「イシャウエン」に由来します。背後にそびえるリーフ山脈の二つの山頂が、まるで角のように街を見守っている。その地形が、そのまま街の名になりました。
建設当初から、シャウエンにはイベリア半島を追われたイスラム教徒やユダヤ教徒が流入しました。レコンキスタ(国土回復運動)の波に押され、故郷を離れた人びとがこの山あいの街に新たな暮らしを築いたのです。アンダルシアの建築様式、中庭のある住居、噴水を中心とした広場。シャウエンの街並みには、イベリア半島の記憶が今も静かに息づいています。
なぜ青いのか|街を染めた3つの説
シャウエンの青い壁の由来には複数の説があり、定説は定まっていません。代表的な3つの説をご紹介します。
1. ユダヤ教徒がもたらした「神聖な青」
1930年代、ヨーロッパでの迫害を逃れたユダヤ教徒がシャウエンに移り住みました。ユダヤの伝統では、青は空と天国を象徴する神聖な色。彼らが壁を青く塗り始めたことが、街全体へ広がったとされています。現在もっとも広く知られている説です。
2. 蚊除けとしての実用的な理由
青い塗料の原料に使われる石灰と硫酸銅には、虫を寄せつけにくい性質があるとされます。山あいで水場が近いシャウエンでは、蚊除けの実用的な目的で壁を青く塗る習慣が根づいたという説です。
3. 夏の暑さを和らげる知恵
青い壁は太陽光を反射し、体感温度を下げる効果があるとも言われます。モロッコの厳しい夏の日差しのなかで、少しでも涼しく暮らすための工夫だったという考え方です。
どれか一つが正解というよりも、宗教的な意味、実用性、気候への適応が重なり合って、青い街並みが形成されたと考えるのが自然でしょう。
鎖国の時代|400年以上閉ざされた街
シャウエンは建設から約400年にわたり、異教徒の立ち入りが厳しく制限された閉鎖的な街でした。外国人の侵入は死刑に値するとさえ言われていたほどです。
1920年、スペインによるリーフ地方の占領をきっかけに、ようやく外の世界との接点が生まれます。このとき西洋人の目に映ったシャウエンは、中世の面影をそのまま残す「時間が止まった街」でした。長い鎖国が、皮肉にも街の古い姿を完璧に保存したのです。
1956年のモロッコ独立以降、シャウエンは少しずつ外に開かれていきました。それでも大規模な開発とは無縁のまま、手仕事の暮らしと伝統的な街並みが受け継がれています。
現在のシャウエン|旅人を魅了する青の迷宮
今日のシャウエンは、モロッコを訪れる旅人にとって欠かせない目的地の一つです。旧市街メディナの入り口をくぐると、青のグラデーションに包まれた迷路のような路地が広がります。
壁の青は一色ではありません。空を映したような淡い水色、深い海を思わせるコバルトブルー、紫がかったインディゴ。住人がそれぞれの好みで塗り重ねた青が、街全体に奥行きのある表情を生み出しています。
メディナの中心にあるウタ・エル・ハマム広場には、15世紀に建てられたカスバ(城塞)が残ります。広場のカフェでミントティーを飲みながら、山の稜線と青い屋根を眺める時間。シャウエンの魅力は、その静けさにあるのかもしれません。
シャウエンはまた、周辺の自然も豊かです。街のすぐ近くにはラス・エル・マー(水の頭)と呼ばれる水源があり、リーフ山脈の澄んだ水が流れ落ちています。モロッコの多彩な自然と文化を体感できる場所です。
シャウエンとモロッコ美容文化
シャウエンが位置するリーフ山脈一帯は、古くからハーブや天然素材の宝庫として知られてきました。この地域の暮らしには、自然の恵みを活かした美容の知恵が根づいています。
モロッコ全土に共通する美容文化の一つが、ハマム(蒸気浴場)での肌の手入れです。ガスール(粘土)で肌を清め、サボンノワール(黒石けん)で角質をやわらげ、仕上げにオイルで肌を整える。この一連の流れは、何世紀もの間受け継がれてきました。アルガンオイルの伝統も、こうしたモロッコの手仕事の文化のなかで育まれたものです。
アルガンオイルの産地はモロッコ南西部が中心ですが、オイルを暮らしに取り入れる習慣はモロッコ全土に広がっています。シャウエンの市場でも、地元産のハーブやオリーブオイルとともにアルガンオイルが並ぶ光景を目にします。
ARGANIEが届ける100%ピュアアルガンオイルは、モロッコの大地と手仕事の伝統から生まれたもの。シャウエンの青い街並みと同じように、時間をかけて守られてきた本物の価値がそこにあります。
よくある質問
Q. シャウエンはいつ建設されましたか?
1471年、ポルトガルの進出に対抗する要塞として築かれました。
Q. シャウエンの壁はなぜ青いのですか?
ユダヤ教の神聖な色、蚊除け、暑さ対策など複数の説があります。
Q. シャウエンはモロッコのどこにありますか?
北部リーフ山脈の麓、標高約600メートルの山あいに位置しています。
Q. シャウエンのベストシーズンはいつですか?
春(3〜5月)と秋(9〜11月)が過ごしやすく、旅行に適した季節です。
まとめ
シャウエンの青い街並みは、500年以上の歴史のなかで、宗教、暮らしの知恵、気候への適応が重なり合って生まれたものです。400年の鎖国が守った中世の姿、イベリア半島から渡った人びとの記憶、そしてモロッコの手仕事の文化。青の一色一色に、この街固有の物語が宿っています。
モロッコの風土が育んだ美の伝統は、スキンケアの世界にも息づいています。ARGANIEのピュアアルガンオイルで、モロッコの大地がもたらす恵みをぜひ肌で感じてみてください。